妊娠初期の出血。1人目妊娠時の切迫流産体験談。

妊娠・出産

喜びと不安がいっぱいだけど、待ち望んでいた初めての妊娠。
少しつわりも出てきたことにも『これが妊娠か』と辛さの中にも嬉しさがあったのも束の間。

まさかの大出血し、そのまま入院、自宅安静を経験した私の切迫流産の体験談です。

待ち望んだ妊娠。喜びも束の間…?

結婚して約3カ月。
待ち望んでいた妊娠検査薬での陽性。
早速産婦人科を受診しましたが、妊娠5週頃では胎嚢しか見えなかったので、2週間後に再び受診することになりました。

妊娠7週目の産婦人科を受診予定の日。
早朝3時頃トイレに起きたところ、下着に大量の出血がありました。
何が起きたのかわからず、夫を呼ぶ私。
『大量の出血=流産』と思っていた私は、もう駄目なんだと思ってしまいました。

産婦人科に連絡し、状況を説明しました。
『トイレに出たものを見ましたか』
『赤ちゃんが出ちゃった感じありましたか』

など質問されましたが、流産してしまったと思い込んでいる私は、
『出ちゃった気がします』
と答えてしまいました。
正直なところ見たことないからわからないのですが…。

それを聞いた助産師さんは、『もしかしたらダメかもしれないけど、ちゃんと診てみましょうね』と話し、朝一番の外来で診てもらうことになりました。

産婦人科受診。まさかの心拍確認。

この時私と夫の中では、
『誰のせいでもないから自分のこと責めないように』
『次の妊娠に支障がないようちゃんと必要なことをしてもらおう』
と、
完全に流産と思って話を進めていました。

産婦人科に到着し、尿検査を促されました。
その時は『尿検査なんて必要ないじゃん』と少しひねくれた考えを持っていた私。

ところが、診察室に呼ばれ、エコーを見たところ、まさかの赤ちゃんがいました。
しかも、しっかりと心拍も確認できました。
空っぽだと思い込んでいた私のお腹の中に、赤ちゃんがいることに、嬉しさと安心感で涙が出てきてしまいました。
産婦人科の先生も
『ん?泣いてるの?だめだと思ってたのかい?』と励まされ、ほっとしたのも束の間、
『でも出血はひどいからこのまま入院ね』とあっさり入院。
今は大丈夫でも、このまま出血が続けば、雪崩のように赤ちゃんも流れてしまう可能性があるとのこと。

出血の原因は?

出血の原因は、最後まで定かではなかったのですが、産婦人科の先生には
転んだ?』『激しくぶつかった?』と聞かれました。
さすがに転んだら記憶にあると思うし、ぶつかったかと言われると身体を動かす仕事なので、絶対ぶつかっていないとは言い切れない。
退院するまで、『やっぱり転んだんじゃない?』と何度も聞かれました。
ちなみにこの先生は面白い先生で、赤ちゃんが無事だったからだと思いますが、和ます意味も含めてこういった話をされていたと思います。

尿道カテーテルへのトラウマができた瞬間

24時間張り止めの点滴をしながらベッド上絶対安静となってしまいました。
トイレも行けないとのことで尿道カテーテルを入れることに。
『嫌だな。痛そうだな。』と思っていたけれど、本当に痛いし、二度とやりたくないものでした。
私は病院勤務で看護助手をしていて、高齢者の方の入院に携わっていました。
導尿の補助に立ち会うこともよくありました。
その時ついつい『すぐ終わりますよ。大丈夫ですよ。』と声をかけてしまっていたけど、
全然大丈夫じゃなかった。
もう患者さんに大丈夫って言わないと心に決めた瞬間でした。

入院中の生活

ありがたいことに、出血はすぐおさまりましたが、原因不明の高熱が出るなど1週間ほど尿道カテーテルを入れたまま、さらにお風呂も入れず髪がボッサボサな日々を過ごしていました。

この時、私の心を和ませてくれたのはお笑いライブの動画。
特にサンドウィッチマンの動画を見て、声を抑えつつ心の中で大爆笑したあの日々を今でも忘れません。

病室は4人部屋でしたが、高熱が出たことで一度個室に移動し、熱がおさまったことでまた同じ4人部屋に戻りました。
その時他の3人は整形外科の患者さんでしたが、『熱下がったんだね』と声をかけてくれたり、タイミングが合えば世間話をしたりして過ごしていました。
入院生活で、あまり人と関わりたくないという人もいると思いますが、私は長い入院生活、おしゃべりで気がまぎれることもあり、たまたま明るい方たちが同室だったこともあり楽しかったです。

寝たきり生活で筋力低下

徐々に点滴の量を減らしながら内服薬に移行していき、点滴が外れたのが2週間ほど経過した時です。
少しずつ動いてみるように言われて驚いたのが、自分の体力、筋力が弱まっているということ。
当時20代で比較的体を動かすことが好きな私でも2週間寝たきりだっただけで、段差1段昇るのが辛くなるほど弱まるとは想像もしていませんでした。

退院→自宅安静。仕事は?

3週間の入院期間を経て、晴れて退院となった私。
しばらくは仕事を休み、自宅安静の指示が出ました。

当時、同じ職場で切迫流産で休んだという人を私は見たことがなかったので、仕事を休むということはとても気が引けることでした。
それでも、同僚に先輩ママさんが多く、『私も切迫だったんだよ』『無理しちゃだめだよ』『安静ったら安静だからね‼』とたくさんの励ましの言葉をもらって、気兼ねなく休むことができました。

仕事も看護助手ということで、人手が足りなくなるということに関してはご迷惑をかけたと思いますが、看護助手一人が責任を担っているような引継ぎが必要な業務がなかったことは精神的に楽だったと思っています。

自宅安静の生活

動悸との闘い

張り止めの内服薬を飲みながらの自宅安静で、私がつわりとともに悩まされたのが内服薬の副作用の動悸でした。飲むと約30分後動悸が気になる。
あとになって気づいたことですが、おそらく動いていれば気にならなかった程度だったと思います。
安静にしているから気になる、気にし始めたらずっと気になる。
動悸が始まると思っているから気になる。そんな感じでした。

一度動悸が気になったらイライラしてくるので、動悸 ツボと検索し、ダメもとで調べたツボを押したところ、思いのほかかなり軽減されました。

多少の動悸の副作用が当たり前と思っていたのですが、妊娠16週を過ぎ、薬が変わると動悸の副作用が出ることがなくなりました。
後になって、『薬が合わなかったのかな』と思いました。
産婦人科の先生に相談するべきだったのかもしれません。

ゴロゴロ過ごす日々

この時は特に症状があったわけではなく、出血後のため今は安静にし、様子を見つつ活動を上げていくということでした。
次の受診日までは、ソファでゴロゴロと横たわっている私。

夫のいない日中は、テレビを見ながらゴロゴロし、ちょっとした料理をして食べる。
掃除機をかけたいと思っても負担が大きい気がして、夫の帰宅をただ待つ日々。
夫に心配をかけないような生活だけは心掛けました。

夫は最低限の家事はできます。料理は比較的好きなくらい。
この時家事力のある夫にかなり助けられました。
夫には感謝しかありません。

あの時これがあったらな

私が一人目を妊娠したころは、スマホを持ち始めたばかりで使いこなしていなかったし、ゲームをやる習慣もなかった。
本を買いに行くということもできなければ、レンタルDVDを借りに行くということもできず…。
暇つぶしは、テレビか録画していたものを見るくらいでした。
知っていたら、こう過ごしたなと思うことがあります。

  • アプリでマンガを読む
  • U‐NEXTやプライムビデオで映画やドラマ、アニメを見る
  • YouTubeを見る
  • 勉強する
  • ゲームをする

ブログのことも知っていたらやっていたでしょう。
これらを使ったら、少しでも実のある安静生活送れたかなと思ってしまいます。

お腹が張りが出てきて、安静生活継続

徐々に日常生活を無理のない程度に動いてみる許可が出て、軽い家事、気分転換の散歩、買い物に出るようになりました。
たまにお腹が張ることはあったけど、症状としては落ち着いていました。
様子を見ながら仕事の復帰を考えようという話が出て、3週間ほど仕事に復帰してみましたが、心配ばかりかけて役に立たず。
さらにお腹の張りが強くなったので、仕事はそのまま産休までお休みをいただくことになりました。

この時、産休までの休み分は傷病手当を使用しました。

仕事がこのまま休みに入ることが決まると気持ちも楽になり、あとはお腹の子を優先に考えることができると思った矢先。

私には逆子との闘いが待っていました…。

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